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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1033号 判決 1948年12月15日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

辯護人野口政治郎、同伊藤敬寿の各上告趣意について。

終戦後吾国においては、戦争中から引續いての著しい酒類缺乏のため、戦後の混亂に乗じ、メタノールを含有する有毒アルコール類を飲料として販賣する者多く、そのため失明その他健康を害するは勿論、生命を失う者すら相當數を數うるに至った。それで所論有毒飲食物等取締令(以下本令と記す)が制定された當時においては、その危險甚しく急速にこれを防止しなければならない状態に立ち至ったので、右有毒飲料の販賣を厳重に取締るため、厳罰を以てこれに臨む必要を生じたのである。進駐軍司令部においても、この必要が痛感せられ、吾政府に向って、メチールアルコールその他の毒物を含む食料飲料品の販賣、取引、所有等に對しては、二千圓以上一萬圓以下の罰金或は三年以上十五年以下の懲役又はかかる罰金と懲役を併科せられるべき趣旨の法令を制定し、これを厳格に施行すべき旨の指令が発せられたのである。右の如く司令部の命令に特にその科すべき刑の種類、量までも詳細に定めてあったことによって見ても、その重要性がわかるであろう。論旨は、この犯罪は直接に人の生命、身體を侵すものでなく、たゞ、將來の危險を生ぜしむるだけだから、その刑は輕くて然るべきだというけれども、これによって実害を生ずる可能性は非常に多いのみならず、多數の者に害を及ぼすことにおいては、通常の個別的殺人若しくは傷害とは比較にならないのである。戦後人心の混迷に乗じ、かかる危險多き犯罪が廣汎に行われるに至った特別の時代において、急速にこれを防止すべき必要に迫られて制定された法令が、平時普通の世情を標準として制定された一般刑法に比し、多少共異る處あるは、寧ろ、理の當然といわなければならない。酌量減輕の規定の適用が認められないこと、その結果制定當時においては刑の執行猶豫の餘地がなかったこと等についても、右のような理由があるのである。その是非は別問題として、これ等は立法政策乃至立法技術の當否、巧拙の問題であって、憲法適否の問題ではない。即ち立法機關の裁量に委ねられた範圍のものである。體刑と金刑との間に隔りがあり過ぎるというようなことも、同じく右當否、巧拙の問題に歸する。刑罰については、憲法は何人も法律の定める手續によらなければ、刑罰を科せられない(第三一條)とし、又残虐な刑罰は絶對にこれを禁ずる(第三六條)として居るだけである。そして本令の定める刑が残虐の刑といゝ得ないのは勿論、尚本令の刑を以て豫防せんとする犯罪行爲は憲法第一三條にいう公共の福祉に甚しく反するものであり、これに對し本令所定の如き刑を科しても同條違反にならぬことも上來の説示で明らかであろう。少しでも政府に反對する者があれば、直ちに捕えて厳罰を科するとか、つまらない物を一つ盗んでも死刑に處するとか言うのならば、それは所論のように不當に人權を無視するものとか、輕視するものとかいうことになるであろう。然し本令の刑の如きは、冒頭説示したような相當の理由があって定められたもので、これが一般刑法の刑に比して重いとか、刑法第六六條の適用がないとか、或は又體刑と金刑との間に若干の間隔があるとか言う理由で、憲法違反などというべきものではない。刑法第六六條の適用はなくても、本令の刑は十五年の體刑から二千圓の金刑に至るまで、非常に廣い幅があるのであるから、その間充分情状を酌量する餘地があるのである。刑法第六六條を適用しないということは、結局情状の酌量は右二千圓迄の範圍で充分という意に歸着するだけである。(所論の強盗殺人の如きは、刑が死刑又は無期懲役と非常に重く且つ狭く限定されて居るから、酌量減輕ということが考慮される要がある。酌量減輕しても尚七年の體刑で本令の二千圓の罰金とは比較にならない重いものである。)裁判官も右の範圍で充分情状の酌量ができるのであって、三年の懲役では重過ぎると思えば、罰金刑を言渡せばいいのである。懲役三年で重過ぎると思う場合に、一萬圓の罰金を言渡して、それでは輕過ぎると思う場合はそれはあるかも知れない。しかし、その輕過ぎるがために、良心に反して堪えられないというようなことは、理窟としては考え得るかも知れないけれども、実際上は殆んどないであろう。本令は裁判官に對して、良心に反する裁判をすることを強うるもので憲法違反であるなどいうものではない。各法令について一々右のような特殊の場合を考え、或る具體的の場合に、法の定める處が自己の意に添わないことがあるかも知れないという理由で、法令を憲法違反なりとして無効とするが如きことは、憲法が裁判官に向って要求する處でないのは勿論許しても居ない處である。凡て裁判官は法(有効な)の範圍内において、自ら是なりと信ずる處に從って裁判をすれば、それで憲法のいう良心に從った裁判といえるのである。尚論旨では、本令のような刑を命令を以て定めたのが不當で無効であるというけれども、本令が形式上有効のものであることは、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律第一條の二によっても明らかであるし、又内容上違憲無効のものでないことは、上來説示の通りである。

以上の理由により、本件各上告は総て理由なきものとし、刑事訴訟法第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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